「大昔、自分の先祖か築いた城の址を見学したいのです」
王子様は父王様にそう言うと(半分は本当で、半分は嘘です)、お供も連れずに馬に乗り、出かけました。
それでも用心のため、鞍袋には大きなパンと松明を入れました。
何しろ、レダの国は本当に小さな国ですし、お城の址も、今のお城のからそう遠くない場所にありました。
ですから父王様も母王妃様も、お庭をお散歩するのと同じくらいの気持ちで、王子様を見送られたのです。
さて。
着いたといっても、お城の址には割れた煉瓦と小石以外のものはありません。
一応は一通り、「ここは謁見室、ここは台所、ここは寝室……」と、わずかに見える礎などを見物したあと、王子様は「宝箱」の洞窟を捜し始めました。
ですが、崩れたのはもう何百年も前のことです。山はすっかり木々で覆われ、どこが崩れたのかすら見分けがつきません。
ですから王子様は半ば諦めて、ぼんやりと山の周りを巡っていました。
何時間そうしていたでしょうか。
そろそろ日が暮れ始めたという頃、王子様は背の低い草がわずかばかり生えている、石ころだらけの斜面で、なにかがキラキラと光を弾いているのに気付きました。
近寄ってみると、それは水晶でした。それもきれいな六角柱の結晶で、大きさは掌ほどもあるでしょうか。
王子様はその辺りの地面に目を凝らしました。
土や埃にまみれて光を弾くことができない水晶が、ごろり、ころりと落ちているではありませんか。
ある物は水よりも透明に、別の物は薔薇のような薄紅、春の山のような緑、ミルクのような白、熟したお酒のような琥珀、父王様のマントよりも濃い紫。
粉々に割れて、結晶の形をとどめているものはほとんどありませんでしたが、王子様は夢中になって、形や色のよい物を拾い集めだしました。
あちらにもある、こちらにもある。向こうにもある、その先にもある。
下を見たまま歩き続け、ポケットがきれいな水晶で一杯になったとき、王子様は辺りが真っ暗だということに気付きました。
日が暮れたのだと思い、あわてて松明に火を点けると、急にまぶしい光が広がりました。
水面ではねる朝日、あるいは鏡に反射した夕日のような輝きなのですが、暖かさはまるでありません。
まぶしさに慣れた王子様が見回すと、周囲には水晶の柱が立ち並んでおりました。
まさしく水晶の森です。
水晶が松明の光を反射させ、その光をまた別の水晶が屈折させ、隣の水晶が、向かいの水晶が、全部光り輝いていました。
王子様はあわててポケットの中の「かけら」を全部地面に捨てました。そんな物の数十倍も美しく、数百倍も大きな水晶が、右にも左にも前にも後ろにも整然と林立しているのですから。
水晶の森は、冬のように静かでした。
王子様が歩く靴音が、わぁんと響きます。
ですが、その反響の中で、王子様は確かに「音」を聞きました。
ゆっくりとしたノイズでした。
奥の方から聞こえます。
あちらへ曲がり、こちらへ折れ、進んでいったその先は、広い空洞になっておりました。
地面は平らになっております。誰かが整地して、床を造ったのに違いありません。
ですが、王子様はそんなことに気が回りませんでした。
目の前の、ひときわ大きな水晶の中に、「女性」を見つけたのです。
音は、その「女性」が発しています。
心臓が鼓動する音です。
ただし、ゆっくりと。止まりそうなくらいゆっくりと。
王子様はそっと近付きました。
その「女性」は、聖画に描かれた天使のようにじっと立っておりました。
柳眉の下の瞼は閉じられています。筋の通った鼻の下で、唇をそっと閉じています。
穏やかな顔をしております。朝日の中でまどろんでいるような、疑うことを知らない赤子のような、今にもあくびを一つして目覚めそうな、優しい顔をしております。
衣服は着ておりません。着る必要がないのです。
身体は、羽毛で覆われているのですから。
斜めに射した光りを緑や赤や紫に弾く、瑠璃色の羽根を全身にまとっています。
そして、手がありません。肩口からは腕ではなく、大きな大きな翼が生えておりました。
大きな翼には、一ヶ所だけ羽毛に覆われていないところがあります。
そこは血の滲んだ皮膚が剥き出しになっております。どうやら怪我をしているようです。
その「女性」は、棺のような水晶の柱の中で、聖画に描かれた天使のように立っておるのです。
ただ、ただじっと……じっと。 |