明くる朝早く。
 森の番人の小屋に、お客さんが来ました。
 魔王の森に入りたいという人達です。
 王様が出す許可状は、ちゃんともっていますから、あとは森番のミーミルが許してくれて、ちょっとの間だけ結界を解いてくれれば良いのです。
 ミーミルと、チョット眠そうなシグは、驚きながらそのお客さんを迎えました。
 お客さんは4人連れです。
 1人は、白髪頭の軍人さん。
 この方は、お城に古くから仕えている近衛兵の一番えらい人で、名前はカイトスさんといいます。
 もう1人は、美しい栗毛で背の高い若者。
 なんと王様の一粒種の王子様、ジークフリード殿下です。
 残りの2人は、ミーミルもシグも知らない人でした。
 その内の1人は……有り体に言うと、とても胡散臭い人です。
 わざとらしく古風に仕立てた、それでいて色使いに品のない衣装。
 ニカワで固めたように尖った口ひげ。
 しゃくれ上がって二つに割れた顎。
 何もかもが、ミーミルの目には不快に映りました。
「ハンス=ド・プファール、と申します、マダム」
 ミーミルは不機嫌そうに小豆色のフードの上から頭を掻きました。
 プファール男爵は、小さな身体を反り返らすように胸を張り、早口でまくし立てます。
「……ですから、ええ。私はウォーロックの財宝などには興味がないのです。
 それは、ええ、当然、国王陛下ならびに王太子殿下の物です。ええ。
 それを横から掠めようなどとは、このプファール、微塵も思ってはおりませぬです。ええ。」
『風が吹けば折れそうな、ガリガリに痩せ細ったその身体から、よくもまあこれだけ大きな声が、留まることなく溢れるものだ』
 ミーミルは言葉の全てを聞き流していましたが、奇妙な関心をしました。
「それがしが欲しいのは、あくまでもカーバンクルの宝珠のみにございますよ。ええ。
 ……悪い話ではないでしょう? ためらわれることなど、ええ、微塵もない。
 国王陛下も、ですからご許可を下さいまして、ええ。ですからマダム、結界をお解き下されば、はい」
『たくさんしゃべれば賢く見えると思いこんでいる、ただうるさいだけのバカ者』
 ミーミルはため息を吐きました。
 呆れのため息です。
 そしてフードの奥からプファール男爵を睨み付け、訊きました。
「カイトス将軍と王太子殿下は、なぜこちらに?」
 今年16歳になるジークフリード王子は、聡明で元気の良い冒険好きな方です。
 幼い頃は、お父上の王様に連れられて魔王の森に遠乗りをなさりに来ていたのですが、長ずるにつれ、おもり役のカイトス将軍のみを伴われて、ミーミルの小屋や魔王の森に遊びに来られるようになりました。
 シグとは年頃が似てもおりますし、いつしか2人は親友になりました。
 ですから、普段おいでになるときの王子は、とても楽しそうな、あるいは嬉しそうな、わくわくしたお顔をなさっています。
 親友のお家に遊びに来るのですから、当然でしょう。
 ところが今日は、とても機嫌の悪そうな表情をなさっています。
「それはでございますなぁ」
 プファール男爵が、調律の合っていないヴァイオリンのような声を出しました。
「国一番の秀才との誉れも高き殿下は、私が立会人の同行を願いますると、御自らご同道を下さると仰せで、ええ」
 シグは、こっそりと動いて、ジークフリード王子のマントの袖を引きました。
 そして小さく首を傾げます。
『ほら男爵の言っていることは、本当?』
と、訊いているのです。
 王子は小さく肩をすくめました。
『ほらだ』
という答えです。
 実はプファール男爵は、同行人にはぜひ王太子殿下を、と、無礼な指名をしたのです。
「カイトス将軍」
 ミーミルは昔気質で無骨な武人をちらっとみて、静かに、それでいて怒った声で言いました。
「殿下が来られるのに、護衛の兵も無しとは、いかなることですか?」
 カイトス将軍には、ミーミルの怒りが自分にではなく、非礼な男爵殿に向けられていると言うことをすぐに察しました。
 だってそうでしょう?
 普段殿下が遊びに来られるときは、護衛などまず付けないのです。
 殿下は、時にはおもり役の将軍すらも同行せずに、こっそりとお忍びでおいでになります。
 そのことを、将軍はもちろん、王様さえもお許しになっているくらいなのです。
 それを良く知っているミーミルが、わざわざ「護衛」などと言っています。
 それはつまり、この胡散臭いプファール男爵がなにか計略を持って、わざわざジークフリード王子を連れてきたに相違ない、と思っているからだ、と、将軍はすぐに気付きました。
 するとまた、壊れたヴァイオリンが、
「あいや、護衛など無用、無用。ええ。私の腹心エピメテウスは、百騎に勝る勇者にて、いかなる険をも防ぎまする。ええ」
 痩せっぽちの男爵の後ろに控えていた、もう1人のお客さんが、一歩前に出ました。
 岩人形のような大男です。
 エピメテウスは、大きく広い胸を張って見せると、顔を奇妙に歪ませました。……どうやら笑っているようです。
 プファール男爵は続けます。
「ですから、私どもが、ウォーロックの財宝……すなわち、国王陛下並びに王太子殿下の財産を、石礫一つ着服しなかったという事実を、殿下御自身の目でお確かめ頂けると言うことが、実に幸いなことでして、ええ」
「まぁ、良いでしょう」
 ミーミルは吐き捨てるように言いました。
 そして、
「しかし、男爵殿には大したご自信。まるで目当てのカーバンクルを既に捕らえたも同然の口振りですね」
言いながら、顔を背けました。
 正直、この男爵の嫌らしい顔は、見るのも御免だったからです。
「はいはい、捕らえたも同然です。どこにその小鬼めが棲まわっておるのか、しっかりと突き止めてございます。ええ。
 後は、その場へ行き、エピメテウスの豪腕をもって一撃にてしとめてご覧に。ええ」
『何を、謀んでいるのか?』
 興味が湧いた、というのではありません。
 ミーミルはこの男の自信が、ぬるりとしたにやけ顔が、とても気にくわないのです。
 ウイザード・ミーミルはゆっくりと顔を上げ、ほら吹き男爵の目を覗き込みつつ尋ねました。
「男爵殿には、カーバンクルをご覧になったことがおありなのですか?
 実を申せば私は、名を聞くばかりで、今だその影すら見たことすらない」
「はっはっはっ。それがしも、ございませぬよ、マダム」
 呆れたとしか言いようがありません。
 ミーミルはプファール男爵から視線を外して言いました。
「カーバンクルというのは、額に赤い石を持つ生き物の総称です」
 ジークフリード王子が大きくうなずきました。そして不機嫌と自慢の混じり合った声で言われます。
「ある者は兎のような小さな姿と言い、ある者は獰猛な獅子のようだと言い、猫であるとか、犬であるとか、馬、鹿、牛のようであるという者もある。
 羽を持つ妖精のようだとも、果ては、人と同じ姿をしていると言う者すらいる……。
 結局、誰もその真実の姿を見たことがない」
「はいはい。さすが殿下、博学でいらっしゃる」
 プファール男爵が揉み手をしながらにこにこと笑いました。
 言葉では褒め称えているようですが、ジークフリード王子は逆にけなされているような気さえしました。
「……捕らえ飼い慣らすか、殺して額の石を手中にすれば、巨万の富を得るなどという、無責任な伝承もありますが……」
 そう言ったのはミーミルです。
 するとプファール男爵、湯気の出んばかりの真っ赤な顔をして、ひときわ大きな声で言いました。
「マダム! 無責任とはなんです! それがしは信じて居るのですよ! カーバンクルの存在とその額の赤い石を……」
 言いかけて、男爵は慌てて口を閉じました。
「ふっ」
 ミーミルは鼻で笑うと、両の手の平を開いて、胸の前で15センチほどの間隔を開けて、直ぐに向き合わせました。
 するとどうでしょう。
 手の平の間に、丸く赤い、シャボン玉のようなものがぼんやりと浮かび上がったのです。
「これが、この森に張られた結界だとお思い下さい。
 ……さて、これからゆっくり10数えます。その間、結界は解かれます。その間に森へ入られるがよいでしょう。
 出たいことを私に知らせる合図は、結界の前で大地を三度踏み鳴らすことです。
 合図が私に届けば、私は再び結界を解きます。森の出口がキラキラと光るのが、みなさんへの返答です。
 それからゆっくり10数える間、結界は解かれています」
 4人は慌てて外に飛び出して、消えた結界の内側に走って行きました。
 それを窓から見ながら、ミーミルはふうとため息を吐きました。。
「さて。何がどうなるやら……」


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